邂逅vol 17 2012/7/26

「暮らしの中の道具たち」赤木智子の生活道具店に向けて

文 田原あゆみ

写真 雨宮秀也
赤木智子
ギャラリーONOのガベ  写真:雨宮秀也

一体、赤木家の輪島での暮らしというものはどのようなものなのだろう。

塗師赤木明登氏の工房の、10人前後のお弟子さんたち。
赤木家の家族5人。
ひっきりなしにやってくる、明登さんの仕事関係の来訪者や、友人知人たち。
地元の人々との交流。

智子さんは、そんなたくさんの人達と交流をし、塗り物の工房の女将をこなし、母親という役割をもこなし、エッセイを書き、生活道具店を開催し、せっせとご飯を作っているのだという。
「赤木智子の生活道具店」を読んでいると、一人の人間のこなせる仕事の多様性に驚くばかり。
活字で読んでいるはずなのに、それを忘れてしまうほど生き生きとしているその表現に引き込まれてゆく。
一緒にドキドキわくわく、しょんぼりしたり涙したりと、あっという間に読めてしまう。

勢い良く読んで、それっきり開かなくなる本というのも多々あるけれど、智子さんの執筆した本たちは、その後は暮らしのカタログという感じで、様々な道具やその使い方を写真で眺めながら何度も開くことになる。
道具にまつわるエピソードも、時間をおいて何度読んでも味わい深い。

何度も美味しい本なのである。


新潮社 赤木智子著/写真 雨宮秀也


講談社 赤木智子著/写真 雨宮秀也

この一月ほど、この連載で道具についてのあれこれを書いて来たが、私たちは本当にたくさんの道具を使って生活している。
他にも道具を使う動物がいるのは分かっているようだが、地球上で他にこんなに道具を使う生き物はいないだろう。
人は、道具を使い、道具を作り、道具とともに暮らし、道具とともに働く。
また生活道具を選び、それを愛でることに重きを置く人達も多い。

「道具」と一言でいえるけれど、その役割は多様性に富んでいる。
例えば、パソコンも道具だが、道具を通して出来ることはそれこそ無限大だ。
お椀一つにしても、私たち日本人はそこに森羅万象を重ねて愛でるという精神性を持っているため、単なる食器という役割だけには収まらないこともあるだろう。

8月3日から始まる、「赤木智子の生活道具店」には、智子さんが選んだとっておきの道具たちがShoka:へやってきます。
今日はその一部を少しだけご紹介しましょう。


輪島の赤木家で使われている箒たち  写真:雨宮秀也

私も10年ほど前に購入して使っている岩谷さんの箒。

掃除機もとても便利だけれど、私は箒の気軽さが好き。
掃除機はもちろん便利な道具。
けれどもどんなにシンプルにデザインされていても、木の生活の景色からは浮いてしまう。
えっこらしょっと出して、ガーガーと音がうるさくて、何だか心が荒立つようでどうしても好きになれない。

さっと手に取って、ささっと掃いたら、すぐに結果が出る箒の仕事。
掃きながら、心が静まってゆくようなそのひとときがとてもいいのです。

それから、かけておいてもとてもきれいだと思いませんか?


赤木家で使っている長柄の箒  写真:雨宮秀也

柄に木の枝をそのままに近い形で使っているので、一つ一つが一点もの。

姿に一目惚れするも良し、手にした時にあまりのなじみ具合に手放せなくなった人もいるのかも知れません。
とても人気のある岩谷さんの箒たち。
是非手に取ってみてください。

日本の道具はこんなにうつくしいのです。
巻末近くに私の箒も登場します。
今日はいいお天気だったので、箒のお手入れをしてみたのでした。


赤木家の食器棚  写真:雨宮秀也

食器棚を開けたとき、私はいつでも楽しくなる。
どのうつわも気に入って買ったもの。
大好きなうつわを割ってしまった衝撃も、銀継ぎにして今はいい思い出になっている。

さあ、今日はどのうつわに盛ろうかな?
その瞬間がとても好き。
作り手を知っている場合はなおさらのこと、うつわの背景に色々な景色が浮かんでくる。

智子さんは、今回の企画展に参加している作り手の作家さんたちと親しくしているという。
中には長年の友人として親交を深めている方も。
エッセイを読んでいると、友人達の交流にほろっと来てしまった。

友人の作った道具を使いながら見えてくることや、感じることもきっと深いのだろう。

人にとって、一番影響力があるのはやはり人なのだと思う。
「ああ、こんな風に工夫したのか・・・」

「この人のこのお皿、前より使い勝手が良くなったのだけれどどうしてだろう?」

「あの背景があるから、このような形が作れるのか」

「ああ、久しぶりに会いたいなあ、元気にしているのかしら?」

そんなことを、思ったりしているのだろうか。

作り手のことをある程度知っていて、その道具を使っていると間接的にコミュニケーションをしているような感覚になることがある。
ものを通して違う側面を知る、ということもあるのだと思う。
言葉の向こう側、もしかするとより本質的なところに触れて、言葉のないところでやり取りをする手紙のような媒体になるのかもしれない。


早川ユミさんのスカート  写真:雨宮秀也 

早川ユミさんは高知県の谷相の小山のてっぺんに暮らして、ちくちくと自分の暮らしのここちいい服を作っている。
柄物と柄物を組み合わせたり、ちくちくと針の模様を楽しむような服。

普段は無地が好きな智子さんが、ユミさんの服だと柄と柄を合わせていても気にならないという。
智子さんのエッセイを通して、田舎の暮らしというのをかいま見ると、その労働の多さに驚くばかりだ。
そんな日常の中で、ユミさんの作ったもんぺやスカートをどんどん着ているというのだから、興味しんしん。

服は自己表現をするのに、一番身近な存在だ。
ユミさんの服は、大地に足をしっかりとつけて、緑や、水や、花のうつくしさにYES!と言っているような、そんな気がする。
そして、ふふふといくつになってもかわいく笑っている人の服なのだろう。

手にするのが楽しみだ。


赤木明登さんの切溜  写真:雨宮秀也

今年の3月に智子さんの旦那様である、赤木明登さんの漆のうつわの展示会をした。
その時に、漆ってなんて艶があるのだろう、生き生きとしているのだろうと、漆のフアンになってしまった。
漆はすごい。
貼ってよし、塗ってよし、守る力のすばらしいこと、再生力があること、色んな点でこれからの時代に合っていると感じている。

そのすごさをここで書き出すと、きっと私は今日中というCALENDの締め切りを守れないでしょう。
なのでみなさん、以前書いたCALENDの漆の記事のリンクを貼っておきますね。
漆と再生の物語

うちで8年使っている漆のお皿があまりにいいので、感覚的には漆器の良さを分かってはいたが、赤木明登さんのお話を聴いて、漆という物質がとても神秘的ですばらしいことに感激。

3月の個展の時に、タイミングが合わなかった方にも朗報です。
是非この機会に漆のうつわに触れてみてください。

他にもたくさんいいものがやってきます。
ラインナップは以下の通り。

及源の南部鉄フライパン
早川ゆみのスカート
白木屋伝兵衛のちりとり・ほうき・たわし
上泉秀人の大きな湯飲み
小野哲平の小皿
花月総本店の原稿用紙とカード
mon SakataのTシャツと小物
大村剛の小さな片口
安藤明子のよだれかけとガーゼもの
晴耕社ガラス工房のコップ
リー・ヨンツェの角皿
野田琺瑯の洗い桶
ギャラリーONOのガベ
井畑勝江の湯呑み
佃眞吾の我谷盆
ヤオイタカスミの子供服・ワンピース
輪島・谷川醸造の「塩麹くん」「米麹みるくちゃん」
秋野ちひろの金属のかけら
広川絵麻の湯呑みと蓋物
岩谷雪子のほうき
村山亜矢子の塗り箸
而今禾のパンツ・スカート・ワンピース
壺田亜矢のカップと片口
新宮州三の刳りもの
丸八製茶場の加賀棒茶
高知谷相の和紙
輪島のほうき
赤木明登のぬりもの
輪島のお菓子

見ていてとてもわくわくしてきます。
私も知っているものもあれば、今まで手にしたことが無かったものも、色々。

それから、今回はトークイベントというよりは、ざっくばらんにみんなで和気あいあいとお話が出来る会を企画しました。

the 座談会 at Shoka: 「 道具と暮らしといろいろのこと」8月3日(金)19:00スタート

輪島・谷川醸造の「塩麹くん」を使った美味しい軽食とお菓子をいただきながら、ものづくりのお話や、家族のサポート話し、友人の話し、生きる楽しさのお話、色んなお話をみんなで楽しめたらと思います。
Roguiiのミカちゃんが美味しいものを作ってくれます!それも楽しみですね。

Shoka:は一方通行のお話会はしていません。
みんなで交流しながら、もぐもぐ、うんうん、ごっくんと、美味しい食べ物もお話も、お腹に入れて自己流完全消化を目指しています。

まだ迷っているみなさまも、後もう少し枠がありますので、どうぞお申し込みください。
巻末の情報欄に詳細を書いています。

ではみなさま、8月の夏真っ盛りの時期にShoka:でお会いするのを楽しみにしています。

赤木智子の生活道具店
8月3日(金)~12日(日)
12:30〜19:00
期間中無休

*赤木智子さんは8月3日に在廊予定です。*

<番外編>

田原家の岩谷さん作の箒  写真:田原あゆみ

こちらはうちの箒。
10年選手。
柄が短い方の箒です。

くせがついていた穂先を少し濡らして陰干しをしています。
こうやってお手入れをすると、驚くほどきれいな形が長持ちするのです。

ぬくもりのある形、何だか生きているような気がしませんか?
形あるものには心が宿る、そんな言葉の意味がわかるような気がします。
引っ越しをした時に、閉まった場所を忘れてしまい半年後に見つけた時に、本当に済まない気持ちになったのも、生きている感じがするからでしょう。

私にとっては、長い付き合いの友人の一人なのです。


野田琺瑯の洗い桶  写真:田原あゆみ

待っていました、琺瑯の洗い桶。
白に緑色が映えています。

もう言葉はいりません。
私はこれが楽しみで、待っていたのです。
いろんなものを洗いたい・・・・

洗って洗って今年の夏を楽しみます!

みなさまとの再会を楽しみにしています!

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