潔さ

ARTS&SCIENCE  Fake shirt dress

潔いデザインだな、と思う。足し算よりも引算の美学を感じる。

ARTS&SCIENCEの日常着の中でもFAKE SHIRTS DRESSは一見すごくシンプルな形。ごく普通のシャツに見えるところが清々しい。

実際にはボタンを開けると、中の布が繋がっていて円形状のプルオーバーになるのだ。方や脇の仕立てが素晴らしくて、長く着れるように丈夫な作りになっている。

それが一見してはわからないのが潔さに繋がっている。

着る人の着心地を重視して、飽きがこないようにごくごくシンプルに。仕立てと布を上質に。こういう服を探していた、そんな人たちが見つけてじわじわと広がっていった。ARTS&SCIENCEはそんなものづくりが信頼されているブランドだ。

その潔さ、私も自分の生活の指針にしよう。

 

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懐かしい場所

田原あゆみ エッセイ

今住んでいるところから遠く離れた異国や初めて訪れたところにて、なんだか懐かしさを感じたことはないだろうか?

西フランスの田舎町Melleを訪れた時の私がそうだった。

中世の頃からの建物が当時のまま保存されたこの町の道は、全てが石畳で丘の傾覆に合わせて曲がりくねっている。その田舎道を歩いていて、友人が驚きの声をあげた。

「あゆみ、あなたおかしいよ。道に迷わないし、方向もあっている。今日1日行きたいところを地図で一見しただけで間違わないで着いているじゃないの」と。

私は大げさなやつだな、と内心思い。

「え〜〜、普段そんなにひどかったっけ?だって小さな町だし、わかりやすいじゃない。大げさだよ〜」笑って言った。O型牡羊座の私は過去をすぐに忘れてしまうのだ。

実際私はその町に1週間ほど滞在したのだが、全く道に迷わず道案内人を勤めていた。当たり前に何がどこにあるのかを知っていた。その町を離れて、違う町に移ってから異変が起きた、また道に迷い出したのだ。

その日の夕焼けを見ながら私たちはワインを飲んだ。Melleで起こったことはなんだったのだろうか、と。

「そうね、確かに滞在中ずっと懐かしさに包まれていたかも。あの石畳の景色が映像になって私の中にもある感じ。過去生があるならあの町で生きていた時代があるのかもね・・・」

人生は壮大だ。海に沈む太陽を見つめながら私は静かに感動していた。

ふと、懐かしい景色のそのほとんどが、石垣と石畳の道だということに気づいた。ずっと石畳を見ながら歩いていたに違いない、毎日毎日。

「ああ、わかった。私ねあの町で郵便配達のロバだったかも」

「・・・・なんだか腑に落ちるね」しばし無言で私の顔を見つめてから、そういうと

友人はふっとかすかに微笑んで、南フランスの海に沈む太陽を見つめた。声を出さずに笑っているのは、肩の震えでわかった。

私は、言うんじゃなかったと、やっぱり茜に染まった海を見ながら声に出さずにつぶやいた。

 

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友達

高木由利子 Shoka:

苦手な仕事に追い込まれている時や、現実逃避をしたい時、私は海外のドラマを観る。

英語の表現は裏表がなくスカッとしていて、大げさな展開とそのスピード感、登場人物たちの強気な態度と可愛い弱音がテンポよく散りばめられていて、観ているとなんだか心が軽くなるのだ。

先日女友達の友情に焦点を当てた、あるシリーズの最終話を見終わった。

最初に見始めたのが5年ほど前だから、長い付き合いだ。最終シーズンでは登場人物たちがまるで自分の親友のような錯覚さえ覚えた。

現実の世界にも長く付き合いのある友人たちがいる。その人たちの特徴をあげると、自立していてパワフル・年を重ねても中身は一緒・直感的・旅が好きだったり海外に暮らしていたりというタイプ。もう一方は、夫婦仲がよくて・家庭的・自営業夫のサポーター・正直な物言い。その間を私はゆらゆらと、あっちへ行ったりこっちと出かけたり。

共通点は食いしん坊というところくらいかしら?

人との距離はくっついたり離れたり変化するもの。けれど久しぶりに再会しても全く時間の流れを感じない友人はありがたい存在だ。

この世を旅立ってしまった友人でさえ、たまに話しかけ身近に感じる時さえある。

実はこの話には終わりもなければ、意図した展開も目的もない。

なぜなら友人という存在は時の流れの中で新陳代謝するものかもしれないけれど、友情という人とのつながりにはきっと、終わりがないのだろうから。

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地図を読み解く

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地図が読めますか?

私の答えは「NO」、「いいえ、空気と同じで全く読めません」。

しかもある場所への道順の説明にさえ拒否反応が出てしまう。世の中で一番苦手な話題、それは「道順」。

誰かと話していて、その話題の場所がどこにあるのかを説明し出した途端、目の前の友は私を追い詰める敵となる。「ほらあそこの交差点を渡ると、角に赤い看板があるじゃない」「・・・・・・・・・・・(私はその交差点でどこを向いて進んでいいのかわからなくなり、パニックになってくるくる回っている)」

道の説明は語る人の脳景色を基にしているので、私はその人中心の世界に囚われ閉じ込められ、指標を失って過呼吸寸前。説明の言葉は振り下ろされる竹刀、理解していないことを表情から読み取ってさらに詳細を説明する友の言葉は、分厚い真綿のように私を四方から囲い込む。息ができない。あまりの苦しさにもがき、憎しみすら感じる。

なので私はGoogle map派だ。二次元の世界に立体を当てはめる能力がないと悟った私は、Google mapのおかげで、道順を説明をする三次元の友を失う危機から脱した。

Google mapはわたしと一緒に動くからいいのである。私が二次元の地図の中に入り込んで歩いているのを丸い点が示してくれている。相変わらずどの方向にいったらいいのかはわからないけれど、ある方向へ歩いてみると、地図の中の自分がどこにいるのかがわかってくる。反応が良くない時にはぐるぐる回って自分の位置を確かめる羽目になることもある。

なので私はそのサービスをグールグルマップと呼んでいる。きっとそう呼んでいる人は多いのではないか?

パリで、やはり方向音痴な友人が「パリは道の名前と番号でわかりやすく整理されているから、地図があれば大丈夫!オススメ」そう言われたので、私も地図を手に歩いてみた。

20分私は闘った。そして無残にも散った。ローマ字で書かれた道の名前を判読するのに手間取り、その道を見つけられても左に進むのか右に進むのか二次元の世界に突きつけられる問いに、追い詰められ疲れ果ててしまった。その友人でさえ憎く思えてきた時に、私は地図を使うのを諦めた。

ちょっと高かったけれどシムフリーのiPhoneを手に入れて、現地で使えるシムカードを設定。Google mapをいつでも使えるようにしたのだ。

なんというストレスフリー!平和よ自由よ私をどこまでも運んで行って!百羽の白い鳩が大空目掛けて飛んでいく中、私はパリの街を駆け抜けた。

こういう気の毒な人がいるから、心優しい人が新しいサービスを生み出し世に送るのだ。できないことがあっても、それが新たなサービスを産むきっかけになる。

そう考えると世の中は優しい。太陽の光は輝いていて、空も海もきれいに見える。胸を張って生きていける。

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思い出の色

田原あゆみ エッセイ

「赤い色のものをたくさん摂ってください。それがあなたの血を作るよ」

ベジタリアンだった友人が、体調を悪くした私にそう助言してくれたのは6年ほど前のこと。それは私の白い嘘だったのに、友人は心配して色々調べてくれたのだった。

ニンジン・ビーツ・紫キャベツ・トマト・かぼちゃ・パプリカ・赤唐辛子

それから赤い色の野菜を見ると、その友人のことを思い出す。

皮肉屋で気に入らないことがあると、背が高いのに、顎をちょっと上に上げて一言毒を吐くと、上から下々をしばし見下ろしてくるっと背を向け去って行く。

気に入らないことを見つけると、目をまんまるく見開いて目で相手を刺したあと、プイッとそっぽを向く。動物好き。人間よりも犬が好きなんじゃないかしら?とろけるような甘い目を向けて語りかける。

それでも、友人には間をおかずに連絡をくれて遊びに誘ったり、体調を心配して時間をかけて調べ物。その人に合った情報を贈る。そう行動で友愛を示すのだ。

 

世の中に赤いトマトはごまんとあるけれど、こんなに生き生きと情熱を感じるトマトに出会うと、その友人のことを思い出す。人だってごまんといるけれど、もう二度とその友に会うことはできない。

生き生きとした赤い野菜を見つけた時、私には様々な感覚が溢れてくる。

生命力とその不思議さを赤い色に見る。そして友のくれた心遣いと友情をふと思い出す。あんな風に堂々と自分の毒を吐いて、なお愛される友の人柄を。

それは感覚的で言葉にさえならないくらいの短い瞬間に起こること。

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