銀彩のうつわには独特の存在感がある。
心惹かれる佇まい。
一番上に積んであるのが白銀彩のお椀。その下にあるのが黒銀彩のお椀と皿。
大きさは、お茶の時間にカフェオレとお菓子を一緒に楽しめるくらいのサイズ。
夜ならロックで割った焼酎や泡盛、そしておつまみを小皿に載せて。
貫入が絵のように広がっているものもあれば、ぴかっと滑らかな肌のものもある。色合いもそれぞれ少しずつ違って、どれも味わいがある。私は貫入の景色が好きだ。
貫入というのは、高温で焼かれた後陶器が冷えてゆく過程で、陶土の上層に塗ってある釉薬と陶土の冷えるスピードが違うために入るひびの事をいいます。
ひびと言っても表面のガラス層に入っているので、割れる直前のひびとは違う種類のものです。
この貫入の間に経年変化を経て、少しずつ色が付くことで最初の雰囲気からどんどん柔らかな表情が育ってくるのが私はとても好きなのです。
「景色が育つ」という言葉を、陶器の姿を眺めてつぶやく日本人の感性にはとても深い精神性を感じます。一つの陶器の上にその眺める人の見いだす世界があるのでしょう。
白銀彩の板皿の上に、椀を載せてお茶やコーヒーの供を。
苦菜の白和えを載せて、お酒をいただいても良い景色になりそうです。
多くはいらない、けれど深く寛げそうな佇まいのうつわたち。
一体どんな風な経年変化を見せてくれるのでしょうか?
このうつわたちは、私の私物です。
奥の黒光りしている黒銀彩のうつわとお皿は3年ほど使っているものです。朝食で目玉焼きとパンを載せたり、ぶどうを載せたり、オリーブオイルと塩を入れてパンや蒸し野菜につけて頂いたりもします。
いい艶が出て、深い表情になってきました。
手前の光っている銀彩は、4ヶ月ほど使ったもの。
使う人の使い方や、何を入れるかで変化してくる表情がうつわの愉しみの一つです。