暮らしの中の旅日記 「道具百景」
2012.07.12
写真/文 田原あゆみ
*Calend Okinawaに連載していた田原あゆみの「暮らしの中の旅日記」から転載している過去の記録たち
暮らしの中の「道具」
私たちの暮らしの中にはたくさんの「道具」が存在している。
衣食住を支えている、道具たち。
洗濯機・アイロン・洗い桶・洋服ブラシ・ハンガー・包丁・まな板・ボウル・しゃもじ・撹拌器・うつわ・スプーン・フォーク・お箸・トレイ・椅子・テーブル・帚・布巾・雑巾・エプロン・ちりとり・スリッパ・etc
「道具」というのは、人が目的を持った時に生まれてくる。
人は利便性を追求することが好きだ。
より早く、よりきれいに仕上げたい、そして作業の行程をより便利にする為に道具へいろいろと工夫をくわえてゆく。
そうやって、私たちの文明は進化を遂げて来た。
人の営みの中で日常的に使われる道具、例えば帚のようなものは、長い年月の中で完成された普遍的な形に収まっている。
庭箒、卓上箒、部屋箒、畳用の箒等、用途によって様々な形に治まり完成されたうつくしさがそれぞれにある。
世の中には様々な道具があるが、ここでは私たちの暮らしに寄り添う道具たち、文化に根ざした道具たちを取り上げたい。
岐阜のギャルリ百草の安藤明子さん 2012年1月撮影
ミナペルホネンとのコラボレーションが実現したサロンを着て。
衣服にも様々な役割がある。
直射日光や外部の刺激から肌を守る、外気温に合わせた体温調整を補助する、という側面から見ると、とても便利で、私たちには欠かせない生活道具だ。
その他にも、衣服には、よりうつくしく装う、自分らしさを演出する、制服などメンバーを象徴する道具としてなど、二次的な側面もある。
そこは文化的背景がより濃く出るところだろう。
安藤明子さんのサロンは、日本人としての文化的背景を考慮し抜いて誕生した衣服だ。
アジア全般で着られている様々なサロンとは、着方や形が少し違っていて、筒型で共布の腰紐がついている。
また、同じ寸法で作られた重ねの下履きをはくことで、変化を楽しむことが出来る。
そこには、着物の着方をもとに明子さんが独自に追求した、「日本人に似合う寸法、着崩れしない着方、現代の暮らしの中で着やすい形」の中から生まれた、様式の美が詰まっている。
日常の作業がしやすいようにと作られたタブリエ。
重ね着をしたり、衣服の上から着てエプロン代わりに。
外出着としても、独特なかわいらしさを持つ働き者の衣服。
安藤明子さんの衣服は、10月5日から10日間の企画展「安藤明子のKIMAWASHI展」(仮題 )にて。
アーツ&サイエンスのシャツは関根のお気に入り。
このシャツは前を開けるとがらりと印象が変わる。
Sonya Parkさんは、「道具としての服」をコンセプトにしている。
いい服を作る為の基礎が、「『ジェンダレス、ヴィンテージ、ワーク、エスニック』に宿る」としていることに共感する。
Shoka:でのアーツ&サイエンスの常設展示は、8月24日から。
どんどん着て、自分の暮らしに馴染んでゆく服との出会いが楽しみです。
表紙の写真は、友人の写真家 高木由利子さんの工房へ遊びにいった時の朝食の景色。
海外でファッションデザイナーとして長く暮らし、その後フォトグラファーとして、世界中を飛び回る生来の旅人である彼女の生活スタイルは至ってシンプル。
身軽な暮らしの中にあるのは、厳選された道具たち。
快適で、使い勝手がよく、彼女の美意識がyes!と言ったものだけが並んでいる。
私がお土産に持って行った、宗像堂のパンを楽しくおいしく一緒にいただいた。
文明の進化を助ける側面を持つ道具たちは、自然と人の生活の調和を崩すという危うさも持っているが、生活に寄り添う「生活道具」たちは、私たちの暮らしの中の美や、ゆたかな時間を支えている。
ディテールを思いやる意識が、簡潔に形の中に収まっている、そんな生活道具にであった時に「人間ってすばらしいな」と、感じ入ってしまうことがある。
最近、日用品としての道具の中にうつくしさを込めたものが増えて来たように感じられる。
アートとして日常から切り離すのではなく、生活そのものの中に美を見出したり、うつくしさを感じたいという人が増えているのだろう。
長年使っているうつわ。
自然なラインの楕円形のボウル。
ヨーガンレール氏の家に遊びにいった時に、お土産にいただいたもので、レールさん自身が作ったという。
気に入ってこの10年間頻繁に使っていたのだが、徐々にヒビが伸びて来てある日まっぷたつに割れてしまった。
そのうつわを、漆職人の友人が銀継ぎをしてくれたのが嬉しかった。
今では以前よりも、好きなくらいだ。
道具には、使い込んでゆくことで出来上がってゆく、経年変化の表情の視覚的なうつくしさと、その道具の背景にある非視覚的なストーリーのうつくしさの両方が宿る。
なので、大切に使われている道具には、ある種の輝きある。
洗い桶や、ザルやボウルが無かったら、豆をどうやって洗ったらいいのだろう?
麻袋に入れて、川でじゃぶじゃぶ・・・・やはり道具が必要だ。
スプーンが無い生活は、つまらないだろう。
有形無形、何かを取りこぼしてしまいそう。
写真のスプーンはホーンで出来ていて、口当たりがとてもやさしい。
私は金属のスプーンよりも、木やホーンで出来たものがぬくもりがあるので気に入っている。
食べ物が口に運ばれる時、唇に触れる感触が自然で、すでにおいしい気分になるのだ。
もしも時計が無かったなら?
夜の暗闇が無くなった現代の生活。
私たちの体内時計はちょいと狂いがち。
きっと大混乱になるだろう。
うちなータイムが世界中に広まるかもしれない。
私は、ほっとするだろう。
メロンが鎮座しているスツールは、低い椅子になり、寛ぐ時の小さなテーブルになり、お花や展示するものを載せるうつくしい台となる。
道具は使う目的がはっきりとしていて、見立てる感性があれば様々な用途に応えてくれる。
そしてその表情も、とても豊かだ。
道具を作る道具たち
私たちが、日常生活の中で使っている道具たち。
写真の工具たちは、木漆工とけしの木工用の道具たち。
切ったり削ったり、様々な用途に合わせて備えられている。
私たちの手元に届く頃には、すっかり角が取れて、しっとりとまろやかな感触に収まっているうつわも、その形に収まるまでは、このような刃物で切られ、削られ、磨かれる。
道具を作る為の道具たちは、なかなか刺激的なものも多い。
私は仕事場を訪問して、インタビューをするのが好きだ。
いい仕事をしているな、と思う人の仕事場を訪問して、その空気に触れ、道具を見ることが出来るというのは、私にとってたまらないことなのだ。
最近の旅行の中には、必ず誰かの仕事場訪問とインタビューがセットになって盛り込まれている。
しかもそれがメインになっていて、温泉や町歩きはデザートのようなものだ。
渡慶次弘幸さんが、ろくろでうつわを削りだしているところ。
身体とろくろの間に台を置いて手と足で支えることで、身体の軸を保持することが出来る。
何とすばらしい道具なのだろう。
潜在的なニーズに応える為にでき上がった、シンプルこの上ない形。
この台が無かったら、身体の軸を長い時間保つことは難しいだろう。
現場を訪れずには、このような道具があることを私たちは知る由もない。
木漆工とけしの渡慶次夫妻の仕事ぶりはすばらしく、彼らの暮らしの中の風景もとても素敵です。
Shoka:が常設になった空間でも、彼らの作品に触れることが出来ます。
9月頃CALEND-OKINAWAに、木漆工とけしの取材記事を掲載しますので楽しみにしていてください。
ここからは、また別の場所にて出会った人と道具のお話です。
Shoka:の改装に伴って、展示用のオリジナルテーブルを作ってもらっています。
リフォームをお願いしている、株)新洋に勤めている、木工職人の上里良彦さんを訪ねてきました。
作業台の上に置いてあるのは、テーブルの足の部分。
素材は北海道産のウオルナットという木。
オイル仕上げが似合う、きめ細やかで硬質な肌をしています。
現在のこの形の中に、私の頭の中にある形が眠っています。
それを削りだす為に、あれこれ相談を重ねたり、実際に少し削って印象を確かめたりしています。
多くの職人さんは、自分の手に合ったより使いやすい道具を作る。
このカンナは、樫の木で作ったもの。
上里さんは、私の要望に合わせて少しだけ角を削っています。
慎重な手の動きと、真剣な職人さんのまなざし。
右上の角に丸みが出ているのが分かる。
1寸の丸みをつけるのか、3寸にするのかで印象はずいぶん変わってくる。
写真のカーブは3寸。
結局内側は3寸、外側は一寸のカーブをつけることに決まった。
木工の世界では「寸」という単位が、未だにずっと用いられているという。
世間がcmという単位に変わっていても、寸という単位が残っているのは、日本人の暮らしの中で木を使って来た歴史が長いからだという。
「日本の木工の技術は世界一だよ」と、目を輝かして語る上里さんは、元々個人で木工職人として家具を作っていたそうだ。
興味深いのは、作家特有の美意識を持つということよりも、指物から家具、丸太組など、木に関わる仕事にこそ喜びを感じるから、縛られずに何でも作るということを優先したいという上里さんの個性。
かなりの勉強家で、国内外の家具の本を片っ端から読んで独学で勉強したという。
Shoka:を訪れた時にも、「これヨーガンレールの家具だね」と、嬉しそうにしていた。
木工が大好きな上里さんが個人の仕事をやめてこの会社に入社を決めたのは、木材の豊富さと、工具が大小揃っていて、さまざまなことが出来ることに可能性と喜びを感じたからだ。
上里さんから聞いた木という素材のすばらしさは、奥が深かった。
オーダーしているウオルナットの家具が仕上った時に改めて、「木と暮らし」というテーマで記事を書こうと思っているので、こちらも楽しみにお待ち下さい。
高く積み上げられた楠木(クスノキ)
防虫作用があるというこの木は、とてもいい香りがする。
株)新洋では、楠木やエラブ、ウオルナットを使ったシンクや家具なども、施工主と相談しながらオリジナルのものを作っている。
家具や、家、住まいに関わるものづくりは大きなものも多く、機械という道具が必要になってくる。
私たちは、手作りのものを好みつつ、家造りや、家具をオーダーする側にまわると、「早く仕上げて、早くね」と、せっかちになる。
早さや画一性を求める仕事に応える為に、産業革命以降私たちは様々な工具や、大量生産に応える為の大きな機械を作り出した。
なかなか工場を訪問する機会はないので、この広さや専門的な工具や機械、職人さんたちが行き交う独特な空気にわくわくする。
長い期間使われることで風合いが出て来た、この木工所に置いてあるクラッシックな機械の姿もまたうつくしいと感じる。
この機械たちが、「人が使うもの」であって、「人が機械に使われている」感じがしないから、なのかもしれない。
そして、とても大事に使われているのが伝わってくるのは、磨かれていて光る肌を見ていても分かる。
作業場全体がきちんと片付けられていることからも、ここで働いている職人さんたちの人柄が伝わってくるようだ。
調和した人の営みが感じられる景色は、穏やかだ。
「使用中です」という注意書きがいい。
扇風機の風が、粉塵を外に吐き出し、働く人達の健康を守り、更に涼しさを送る。
これも道具。
大きなのこぎりの刃!
工具を収め、整理して置くことが出来る棚という道具。
道具の為の道具。
電卓という、左脳サポーターを納めてくれているケースという道具。
大量に出る木の粉などの粉塵から、精密機械を守っているのだ。
気配りさんが見つけた道具。
元々は、沖縄紡績という紡績工場だったというこの建物。
建物は体育館3つ分の広さ。
敷地はかなり広い。
現代的な無味無臭な感じのする工場とは違って、レトロで人の生活とともにあるぬくもりが残っているのがいい。
道具を作る人達が、仕事場を快適にする為の道具が、外に整然と並べてあった。
あるものを工夫して作ったちりとり。
日常的に使われている感じも、古くなった姿もこの工場に似合っていて、とてもいい。
そしてこの収納方法。
簡潔で絵になっている。
道具のうつくしさは様々だけれど、使い手から見た質感・見た目・使い勝手・愛着の深さに比例している。
愛着が染み込んでいったとき、経年変化の美しさは増す。
木で作られたもので一番うつくしいな、と思う肌合いは長年使われて来た、手で触られたもの。
またはみんなが踏んで、その摩擦で磨かれた床の風合い。
手の油や、肌や布での自然な摩擦が、木をよりうつくしくしていると感じる。
道具たちの経年変化の風合いを作ってゆくのは、私たち使い手の日々の暮らしなのだ。
無意識に過ごして流れさってゆく時間を、必要最小限に削ってゆきたい。
日々の暮らしの中の、二度とは無いこの瞬間のありがたさや喜びを、感じる時間を増やしてゆきたい。
もしかしたら私たちより長生きな道具たちを、改めて見つめることでそんなことを感じています。
暮らしに寄り添う、道具たちのお話でした。
さて、8月3日から始まる「赤木智子の生活道具店」で、一体どのような道具たちがやってくるのか、とても楽しみだ。
生活を生き生きと楽しんでいる赤木智子さんが、実生活の中で選び使っているという選りすぐりの道具たち。
私はあれと、これが気になっている・・・・・。
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最後に。
用途や使い道を持つものを「道具」というのなら、この「屑」と呼ばれているものに、何か用途は無いだろうかと考えている。
使えない人のことを、揶揄して屑(クズ)と言ったりするが、それはもう悲しい響きではなかろうか。
こんなにうつくしいのだ。
これは、出番を待つ「素材」ということにしたい。
楠木の屑はとてもいい香りがする。
防虫作用があるそうなので、麻袋に入れてクローゼットに置くのもいい。
それぞれの木の持っている性質が、この屑に顕われている。
こんな用途がある、こんな風に使いたい、そんなご意見を募集します。
連絡はununayu@live.jp
Shoka:田原までどうぞ
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Shoka:の改装工事も始まり、8月31日から新たに常設としてスタートする空間も、着々と形になっています。
ブログは、楽しく更新していますので、ぜひのぞいて見てくださいね。 http://shoka-wind.com
ひとまずは8月3日から始まる企画展「赤木智子の生活道具店」でみなさまと再会出来るのを楽しみにしています。
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赤木智子さんと語る会 「暮らしの中の道具たち」
「赤木智子の生活道具店」に合わせて、座談会を開催します。
輪島の暮らしの中で、道具たちに支えられて工房の女将をこなす、智子さんのお話を聴きたい方へ朗報です。もの選びの視点、それを使う楽しさや工夫、使い続ける事によって美しく変化していく道具のお話や、作り手と使い手のお話など、加賀棒茶をお供にゆったりとした雰囲気の中で聞いてみたいと思います。
智子さんの暮らしをのぞいてみたい!と、私たちも今からわくわくしている座談会のご案内です。
日時: 2012年8月3日(金)
開場: 18:30
座談会: 19:00~20:30
<完全予約制> 定員に達し次第閉め切らせていただきます
*当日Shoka:は18:00にてクローズいたします*
会場: Shoka:
参加費:加賀棒茶、軽食付き1000円
*当日は智子さんが応援している米麹を使ったおにぎりと、加賀のお菓子などをご用意しています。お腹がグーグーいっていてはお話に集中出来ないかもと、準備しました。一緒にいただきながら、わいわいと座談会をいたしましょう。*
予約方法(必ず8/3座談会の予約と明記ください)
1 全員のお名前
2 人数
3 メールアドレス
4 携帯番号
5 車の台数(駐車場スペースに限りがございますので、乗り合わせのご協力をお願いいたします)
◯Shoka:の展示期間中はお子様連れも大歓迎ですが、お話に集中していただきたいことから大人のみのご参加とさせていただきます。ご理解のほどお願い申し上げます。
◯当日は立ち見の可能性もございます。予めご了承ください。
◯先着順で定員に達ししだい、締め切りとさせていただきます。