2013.03.08 暮らしの中の旅日記「人を巡る旅 ー 記憶のモンプチ編」

                        
*Calend Okinawaに連載していた田原あゆみの「暮らしの中の旅日記」から転載している過去の記録たち

トラネコボンボン

誰かに会う為の旅。

子どもの頃、大好きな友達と一緒に遊ぼうと、迎えにいくときのわくわくした感覚。
あの感覚のことを幸せというのではないか。

最近当時の感覚をよく思い出す。

私はほんの数年前まで、大自然の中で出会う夕日や朝日、変わりゆく光の色や動物たちとの出会い、そんな景色の中に身を置くことが旅の醍醐味だと思っていた。

知らない町や、初めて身を置く自然の中を彷徨うような旅を何度も繰り返していた。
そんな旅はどこか自分探しのように心もとなかった。

ある時を境にそんな旅が物足りなくなってしまった。
魅力的で、どこか懐かしいような人々との出会いのせいなのだろう。
もしかしたら私が変化して、人に心を広げられるようになったからかもしれない。

今は、誰かに会いにいくための旅、それが一番楽しい。
たとえそれが仕事であろうと、あの人に会える、そう思うと行きなれた街も色が増す。

今月の頭、漆作家の赤木明登さんの工房に勤めるお弟子さんの一人の、年季明け式に参加するため輪島へ。
そのあとは、丁度岐阜県の多治見にあるギャルリ百草で開催されている友人の「記憶のモンプチ」という企画展へ行こうと決めた。

沖縄を出た日の気温は25℃。
鈍色の波が砕け散る日本海を抜けて輪島に着いたら、そこは0℃。

トラネコボンボン

その日も風は強かった。
日本海から吹く風は凄まじく、恐いもの見たさで行ってみた漁港では体中を風にぶたれているように感じた。
髪の分け目にまで氷の針が突き刺さるような寒さだ。

トラネコボンボン

赤木家の暖炉の側、冬になると次々と咲くというハイビスカス

赤木家は暖かかった。
住宅と工房が一つになったその場所では、生活も、仕事も、共に呼吸していた。
暖かく燃える火を中心に、ものも人も、そこで行われるすべての営みが一つの世界で調和しているように感じられたのだ。

有形無形の美しさの種が、自然に発芽する。
そんな空間がそこにはあった。

けれどこのお話は、また今度。
じっくりと発酵を待ってみなさまにご報告いたします。

ここでは、輪島から車を走らせること4時間半。
雪の日本アルプスを越えて、赤木夫妻と友人達との楽しい夜更かしから来る睡魔と戦いながら向かった、
岐阜県多治見にある、ギャルリ百草で行われている、中西直子(なちお)の「記憶のモンプチ」のことを紹介いたしましょう。

トラネコボンボン

私はこの人に久しぶりに会うのが楽しみだった。
この人の作る料理と、その人が作るもので満たされるその空間を愛しているのだ。

トラネコボンボン

トラネコボンボンを主催するなちおのご飯。
植物を愛する彼女の料理は、素材が生き生きとしていて、いい具合に刺激がある。

料理もまた、ものと同じように作り手に似る。

その日の
「トラネコランチ」

サラダ カシューナッツソース
南京・人参・カリフラワーのスープ
玄米
葱フライ
牛蒡の唐揚げ
蓮根揚げ炊き
ブロッコリーのナムル
白菜甘酢
大根の韓国味噌

おいしかった。
その日の彼女と対面するような味わい。

トラネコボンボン

「記憶のモンプチ」は3.11の2週間後から、なちおが毎日発信し続けているイラストの原画展。

あの日を境に生活が変化した人はとても多いと思う。
自分自身と、大切な友人達に起こったこと、様々な出来事に衝撃を受けて2週間は何もできなかったという彼女。

ある、大切な友人に「何か出来ることない?何が必要?」と聞いた時に、
「毎日動物の絵を描いて送って」と、言われたことがきっかけになって彼女のブログは始まったという。

『記憶のモンプチ』 http://bon.toranekobonbon.com/

それから毎日描き続けている原画が、3月17日までギャルリ百草に並んでいる。

トラネコボンボン

彼女と知り合って15年。

植物を愛し、感動的な庭を造る人
うまいよ~~~~、と、涙が頬をぬらすような料理を作る人
絵本の中のある1ページをかいま見ているような、不思議楽しい動物の世界のイラストを描く人
イラストと同じく、空間までも物語のワンシーンのような心躍るものに変容させる人
一生懸命で、ちょこまかとよく動く人
感情が波打つように変化する人

彼女は私にとって、とても印象深い人の一人だ。
それぞれの人の中に自分自身のリズムを刻むメトロノームがあるならば、彼女と私のメトロノームのリズムは全く違う。
だからとても興味津々、彼女と向き合うのだが、毎回どぎまぎしてしまう。

今回も、一生懸命作品の背景を語ってくれたなちお。
笑ったり泣いたり、思いを込めて話してくれた。

話しを聴いていて、その情報の大きさと早さに圧倒される私。
聞いているとその世界に引き込まれて、そして何かが痺れてしまう。

気の利いたことを言いたくて、外してしまう。
痺れたまま、消化出来ないまま彼女のリズムについていきたくて。

大体外れてしまうので、きっとなちおは気持ちを汲み取ってもらえていないような気持ちになるんだろうな。

そんなことを今更考えている私は、きっと彼女とは違う種類の動物なのだ。
トラネコボンボン

トラネコボンボン

3.11あの日から約2年。
毎日描いたという様々な動物のイラストたちが、その世界のストーリーの一部と一緒に百草に集う。

約700点近くのイラストが展示されている。
ブログを覗いたことのある人は、きっとそのセンスの良さを知っているだろう。
一枚一枚色もデザインも楽しくて、尾を引いてしまうようなストーリーが広がっている。

彼女のイラストを通して、私自身の2年という時間が記憶とともに湧き上がってくる。

胸が一杯になり、言葉にならない感覚が身体中に染みてゆく。
それとは反対に、物質的な私はぱたぱたと用事を片付けていた。
妹たちから頼まれていた食器を選んだり、安藤明子さんと打ち合わせをしたり、安藤雅信さんと久しぶりの再会に軽口を叩き合ったり。

なちおの話しを聴いて、是非原画も持って帰りたいと思っていた。
それもじっくりと選びたい。

心の一部はじ~んと痺れたまま。
友人のために、まだ見ぬ仲間に向けて発信された数々のこと。

時間をかけて、空を飛んだり車を走らせてでも、会いたい友人がいる嬉しさ。
様々な形の出会いと分かれ、誰かの心細さや、誰かの優しさ、小さな感情の欠片がちりばめられた一つの世界。

こんな友人達が一緒の時代を生きている。
そのことにも痺れていた。

トラネコボンボン

なちおがトラネコなら、私はどうもアザラシらしい。
不服だが、みんなが口を揃えてアザラシのイラストにそっくりだと・・・

そうか、分かった。

わたし、海から来たアザラシ。
イカしたトラネコに興味津々。
けれど、動きが速くてついていけない。
いつも目で追っている。

たまにネコ同士の挨拶をまねてみるのだけれど、何だかきまらない。
話をしても展開が早くて、生煮えのまま。

ワタシ皮の分厚いアザラシ。

あなたしなやかで、動きの速いネコ。
言葉もちょっと通じていない。

分かっていないニヤー、と、爪を立てられても
皮が分厚くて神経まで届きません。

けれど、気になってたまに会いたくなる。

今回も慣れない陸を、ドキドキしながら旅してきたよ。

今アザラシは沖縄へ帰ってきたよ。
海を見ながら、思い出しているよトラネコのこと。
会いにいってよかったな、って。

またいつか泳いで、会いにいくよ。
トラネコのことも料理も、アザラシは好きだから。

いつかのトラネコ

トラネコボンボン

トラネコの家で食べたね
食べてばかりでごめんなさい
アザラシは反省しています

トラネコボンボン

大好きだったトラネコの庭
小さい庭なのに ひろかった

トラネコボンボン

トラネコ夫婦
アザラシは2人でいるトラネコ夫婦を見ていると
うれしくなるよ
トラネコボンボン

日々は少しずつ変化しながら積み重なってゆく。
下の方はもうどんなことがあったのか思い出せないでいるけれど、今の土台になっている。

トラネコは、夫の中西義明(ヨッシーさん)ときっとこれからも、いろんな人と出会って、たくさんの人に喜ばれて、変化のさざ波を世の中に送り続けてゆくんだろうな。

この記事を読んだ方、是非百草へ。
行けない方は、なちおのブログをどうぞ。

『記憶のモンプチ』 http://bon.toranekobonbon.com/

トラネコボンボン

なちおと出会った頃2才だったたおは16歳になった。

この春、家を出て埼玉の学校へ通う彼女になちおは言った。

「たお、あの学校に行ったらいっぱい友達を作るといいよ。
友達って良いよ、私は今友達のお陰で生きているんだよ」

楽しみだね、たお。

今回の旅は人の繋がりを強く感じた旅でした。
誰かが誰かに影響を与え合って、それが様々な変化を起こしている。

赤木夫妻の住む輪島から、なちおと旦那様の中西さんがいる多治見の百草へ。
百草は安藤雅信さんと明子さんという友人がいる。
その人達に会いに行く旅。

そしてみんなそれぞれが、時間や距離を超えて繋がっている不思議。
これを読んでいるみんなも、読んでいない人も、結局みんな繋がっている不思議。

人は、人と人の間に入って人間になっていくのだという。
今も、私が感じている未来は暖かい。

「記憶のモンプチ」

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