2013.08.10 人から人へ手から手へ 小野哲平さんとユミさんの仕事場へ

*Calend Okinawaに連載していた田原あゆみの「暮らしの中の旅日記」から転載している過去の記録たち

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前回の記事に掲載した、岡山から高知への旅のお話の続きです。

 

暮らしの中の旅日記 「人から人へ 手から手へ Gabbehの魅力」

私は車の旅が好きだ。
気分によって寄り道をしたり、見たいものを思い出すとナビに入れてそこへ向かうことが出来る自由さ。
自分で旅のハンドルを握る気ままな旅。

けれど、島国沖縄から本州へ行くと、なんと大きく広く感じることか。
岡山市から高知の香美市まで2時間半。
単調な高速道路の運転は眠気を誘う。何度か高速のパーキングエリアで息抜きをしたり、時にはちょっとだけお昼寝をして無理の無いように運転を続けた。
瀬戸大橋を越えて四国に入ったあと、高知県へ近づくほどにいくつもいくつもトンネルを抜ける。
そのあまりの多さに、高知は山の連なりで他の四国3県とは隔たれているのだということが実感出来る。
南国で高速を降りてから、更に走ること1時間ちょっと。
山道に入ってからは、ハンドルを切り損ねると落ちそうな幅の狭い山道のカーブを何度も切り抜けて、棚田が青々とうつくしい7月の谷相の村についたのでした。

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2014年の3月に開催することが決まっている、陶芸家の小野哲平さんと、布作家の早川ユミさんを訪ねることが目的の小旅行。
二人のものづくりや、暮らしのリズムとその景色に触れる旅。

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谷相の棚田の景色と、二人の住まいには何だかタイの北部を感じさせるような空気感があります。

夕暮れ時にやっとついた私と娘を待っていたのは、夕焼けの色に照らされた夕餉の時間。

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ユミさんも哲平さんも、自分たちがタイを旅した時に多くの方から
「お腹空いていない?ご飯食べていきなさい」と声をかけられて、ご飯を食べさせてもらった経験から、
縁あってここを訪れることになった友人達へたっぷりとご飯を振る舞うのを常としているのだそうだ。

若いお弟子さんたちや友人知人が皆力を合わせて調理をし、哲平さんが作った様々な形や質感のうつわへと盛りつけていきます。
食べることとその時間が大切にされているここでの生活。
その中で生まれたうつわなんだということを、一緒に食事をいただくことで実感出来たのです。

それにしても、台所で働くみんなの姿の美しいこと。
みんなが一緒に呼吸をしているように一連の流れに乗っている。

哲平さんとユミさんの仕事とその軸になっている人間性に惹かれて、多くの人達がここへ旅してきたことがうかがえるようなぬくもりのある景色。

何度も何度もこうして、大勢の人達と一緒にご飯の時間を過ごした記憶がこの場を祝福しているかのようなぬくもりに包まれているのでした。

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高知名物の鰹のたたきは、たっぷりのタマネギと一緒にいただきます。
裏の畑でとれたししとうの煮浸しや、トマトは新鮮で生き生きとしています。

元々私の実家では大皿料理を取り分けていただくのを基本としていたので、このスタイルはなんだかほっとするのです。今日初めて会う人も、再会した人も、みんなで皿をつつき合うことで、あっという間に一つの空気に染まってゆく。

旅好きな哲平さんとユミさんの日常へ、私たち旅人が集う。今までにもきっと何人もの若い人達が、二人から仕事を学ぼうと谷相へと登ってきたのでしょう。
弟子としてとどまる覚悟を決めた人は旅から抜け出て、ここを日常と決めて暮らしに根ざす。

その痕跡があちこちに残った、仕事場と家が溶け合う空間。

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みんなでわいわいとご飯をいただきながら、ふと目を外へ向けるとそこに広がる緑色の景色が心を開放してくれる。

心も身体もふあーっと深呼吸。
旅でくたびれた細胞たちがよみがえってゆく。

 

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布作家の早川ユミさんは、19歳の時にアジアを旅してから身体の中にアジアの地図ができ上がっていったという。

アジアを旅して出会った、心惹かれた布たちをどっさりと日本へ持ち帰ってきては、ちくちくと服やバッグや包むものを縫い上げる。
身体に残っている旅の思い出が、布の持っている記憶と一緒に歌を歌うように布に触れるユミさんはとても幸福な人だ。

滞在中はオーガニックマーケットに連れて行ってもらったり、畑を案内してもらったり。
色々な話をする機会に恵まれた。

ユミさんと話していると、手と口がとても表情豊かなのに心惹かれた。

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嬉しくなった時、何かに興味を持った時にユミさんの口元は好奇心旺盛に反応する。
笑ったり、微笑んだりだけではなくて、しゃべっていてもだまっていても、唇がきゅっと形を変えて何かを語りだしそうにしている。

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ユミさんは様々な表現の形態をもつ人だ。
縫ったり、書いたり話したり、身体を動かして畑仕事、自然と対話をして収穫をする。
その活動がまた次の表現に繋がっている。

旅の話をしながら、畑や日本ミツバチの巣箱のあるところへ案内をしてくれたユミさんは、楽しそうに嬉しそうに様々なものを見せてくれた。

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日本蜜蜂のはちみつはお薬なのだそう。
日本の自然とともに生きている彼らに触れていると、様々なことを教わるのだそうだ。

農薬を撒けばいなくなり、寒過ぎても死んでしまう、空になってしまった巣箱を見て悲しい気持ちでいると、翌年にはどこかからやってきて、また巣箱の中は蜂たちで一杯になったり。
生命の力強さと弱さ、人が環境に与える影響力。

ユミさんは布仕事、畑仕事、台所仕事、書くこと、着ること、生活の中のどこを切ってもユミさんらしさで溢れている。

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ユミさんの様々な行動の中からの発信を見ていると、自分と自然と社会と一緒に呼吸をすることは大切なんだよ、といっているような気がする。

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ああもう、掘り下げたくなる性格からどんどん深まってしまいそうな自分と戦っています。
今回は、私の旅を中心に感じた谷相見聞録にとどまります。

来年3月に行う二人の企画展の前に、また二人の仕事と人についてご紹介しようと思います。

 

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私たちが食事をしていた母屋から、小さな小川を越えて徒歩15秒のところに、哲平さんの仕事場はある。
哲平さんもまた、表情豊かな人だ。

私は初めて哲平さんと食事をした時に、
「何がしたいんだ~!?」と唐突に言われたことがある。
詰め寄るように言い放たれた言葉に、なんとも熱い人だなと思った。

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何度か会って食事をしたり、お酒を酌み交わしているうちに、喜怒哀楽に素直なその人柄がだんだんと見えてきた。
何かに心が引っかかると、感情豊かに問答し、適当に流さず追求する。
美味しいと顔がほころび、子供のようににっこりと笑う。
悪いな、と思ったら「ごめんね」と心から言える。

感情の一つ一つが濃いので、その一部分だけ見た人はその印象が強くなってしまうかもしれない。
怒っているのを見たら怖い人だと思い、満面の笑顔に対面した人は無邪気な少年のようだと思うだろう。
付き合いだすと、その人間味の豊かさにどんどん親しみを感じていく人はきっと多いだろうと感じる哲平さんの周りには、たくさんの人が吸い寄せられて来たはずだ。

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哲平さんは自分の仕事を心から愛している。
とにかくずっと仕事に触れていたいのだという。
柔らかい土を触るときのぶにゅう、と、手の間から逃げてゆく柔らかく冷たい感触も、薪窯におこした火に薪をくべる作業も、その緊張感や期待や、やり残した感覚も、みんな大好きなんだという。

土のような人だなと、哲平さんのことを思い返しながらふと思う。
水を入れると柔らかくなり、火で焼き締めると固まる、太陽に照らされると乾き、水と太陽と気温のハーモニーの中で草木が育つ豊かな土壌も土だ。

陶土も、陶器も、畑の土も、触感や見た目も全く違うように感じるのだけれど、どれも皆土の変化した姿だ。
知り合っていくうちに新しい発見があったり、より深くその人を知ることが出来るのは人生の醍醐味の一つだと、今はつくづく思う。
その位私の中で哲平さんという人は変化し続けている、味わい深い人なのだ。

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足の裏や手のひらに、こんな土を触ったときの感触が残っていませんか?
指の間から逃げてゆく、何ともくすぐったくなるような感触。

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土は様々な形になるけれど、うつわや道具として使う時、やはり使いたくなるうつわを作りたいと哲平さんはいう。自分が作るのなら、気づくと手に取っている、そんなうつわでありたいと。

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哲平さんの薪窯の方へ続く路。
薪が整然と並べられていて、とてもきれいだ。

私が一緒に仕事をしたいなと思う人との出会いは二通りの出会い方がある。
ものを通して興味を持って、その人に会いにいくもの主体の出会いと、その人自身と出会って話してゆくうちに惹き込まれて仕事を一緒にすることになるという、人主体の出会い。

哲平さんもユミさんも、まずはその人と出会ってから始まったご縁。
数えてみたら、10回ほど一緒にご飯をいただいた。

ご飯を一緒にいただくと、人はどんどん打ち解ける。

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食事を楽しんでいる時、私たちの感覚はオープンになる。
臭覚、味覚、視覚を前開にして、場を共有しているから。

そんな中で距離を縮めながら、最初会ったときよりもお互いを知り、親しみや敬愛の感情が育ってゆく。

谷相も、二人の暮らす家と仕事場も、畑もみんなとてもいいところなのでした

哲平さんとユミさん、2人の息子たち、そしてここを仕事の場として決めて滞在してきた人々、旅をしてきた友人達の、人から人へ、手から手へ、形の在るものも、その形の元となっているものが手渡されてゆく。

そんなことが生き生きと繰り返されている、そんな場に居合わせることが出来たことがただただうれしい。

未熟であって当たり前なのが人間。
それでも心動くことを仕事と決めて、その仕事を通して様々なものごとや人と関わり合いながら、人は学び磨かれてゆくのだということを、今回改めてつよく感じたのです。

Shoka:もそんな場でありたい、と。

人と深く関わってゆくと、悩みも、煩わしさもそこにはあるだろうけれど、喜びや、豊かさもまた人との関係性から来るものなのだ。
縁のある人達とどんどん関わりあおう。
豊かさやポジティブなことばかりを追いかけていないで、その影も受け入れよう。
二つはきっと一つなのだから。

そんな静かな決意を温めながら最後の夜を楽しみました。

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人生という旅の中で、人と人がちゃんと向き合い交流し、その営みの中でものが生まれるところ。

ここにまた来よう、帰る時私はそう決めたのでした。

 

 

終了*最後にShoka:ではスタッフを募集しています。
自分の感覚に耳を澄ましてものづくりをしている人達との交流や、Shoka:を訪れて来る方々との交流をお仕事として楽しめる方で興味のある方、詳細はこちらからどうぞ。*

 

http://shoka-wind.com/2013/08/stuffmotomu/

 

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早川ユミさんと小野哲平さんの本
二人の活動に興味のある方は是非本を読んでみてください。
Shoka:にも今後置く予定ですが、今はまだ在庫がありません。
amazonで検索をかけると色々と出てきます。

二人のHPはこちら

http://www.une-une.com/index.html

二人のShoka:出の企画展は
2014年2月28日~3月16日まで

2月28日(金)は早川ユミさんのちくちくワークショップを開催する予定となっています。

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暮らしを楽しむものとこと
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2013.08.03 暮らしの中の旅日記 「人から人へ 手から手へ Gabbehの魅力」

*Calend Okinawaに連載していた田原あゆみの「暮らしの中の旅日記」から転載している過去の記録たち

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みなさんは、Gabbeh – ガベ(ギャッベ)を知っていますか?

ガベとはペルシャ語で、イラン・イスラム共和国の南西部に位置するシラーズ州を夕卜するカシュガイ(カシュカイ)族、ルリ族の人々が暮らしの中で織ってきた絨毯の総称です。

羊毛を草木で染めて、ざっくりと織っているためおおらかな味わいがあるのがその特徴で、織り手によって柄も色も個性豊かに違うのが面白い。

羊毛は冬のイメージがあるけれど、山岳地帯に住む羊の毛は、日中と夜との寒暖差が大きい時には40℃もある地域特有の放熱と保温に優れているのだそう。
なので、たとえ南国沖縄で使っても夏は放熱してさらっとしていて、冬にはしっかり暖かさを提供してくれるのです。

今までにも何度かガベは横目で見てきてはいたけれど、去年の8月に開催した企画展、「赤木智子の生活道具店」の際、じっくりと触れることが出来た。
それは岡山のGallery ONOの小野善平さんがセレクトした、生き生きとした大小様々な暖かみのあるガベたちだった。

そのあとしばらく経って、その小野さんこそが日本に最初にガベを持ってきた人だということを知った。

小野さんは筆まめで、企画展開催前からハガキやメールをくださって、扱ってくれることへの感謝や、沖縄が大好きなこと、Shoka:のHPを読んでくださって誉めてくださったりと、とても気持ちが温かく、仕事を心から愛している様子が感じられて、私たちはいつの間にか小野さんの人柄に魅了された。

いつか小野さんのギャラリーに行ってみたい、行かなくっちゃと、私はこの一年間思い続けていたのです。

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かくして私はまたまた空を飛んだのでした。

東京出張と、ソウルへの旅が終わったばかりの7月半ば。
以前から工房を訪ねる約束をしていた、陶芸家の小野哲平さんと早川ユミさんの住む高知県の谷間を訪れることがぱたぱたと決まった。

前回の記事で挨拶があったように、Shoka:の常勤スタッフの一人だった愛しの関根が7月一杯で常勤を退職。
8月は身体のメンテナンスをする為にゆっくりと休みます。
その後はShoka:の協力助っ人体制となるとはいえ、この夏は人手不足。
私が動くなら7月中しかありません。

ちょっときつきつのスケジュールの中、えいやっ!と飛行機へ飛び乗ったのでした

高知までの直行便は沖縄からは飛んでいません。
なので、どの経由で行こうかと調べていたら、岡山から車を借りたら行けるということが分かった私は、即決で岡山行きを決めたのでした。

これでGallery ONOさんに行ける、と。

 

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Garally ONOは岡山市の高島屋の裏手にある小さなギャラリー。
店内に置いてあるのは、紀元前3000年前の土器や、ラテン語で書かれた楽譜、西洋の古美術たち。
すべて小野さんが旅をしながら自分の目と手で確かめて、集めたものばかり。

「僕のお店にきてくれるお客さんは、僕が自分の目で確かめて買って集めたものを置いていることを知っているんです。
そこを信頼して来てもらっているんです」
と、小野さん。

自分の仕事に覚悟を持って向き合ってきた人の言葉だ。

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選んだものを通して、小野さんがどんな人なのかを感じようと、店内を見回す。
キリスト教にまつわるものから、エチオピアの枕、オリエントのBC3000年の土器の欠片、古いのに鼻息が感じられるような駱駝の焼ものまである。
詳しいことは聴きそびれてしまったのだけれど、相当古いもので紀元前のものなのだそう。

そんな昔の時代の暮らしがどんなだったのか私には想像もつかない。
この駱駝が当時どんな人の手でつくられたのか。
なぜこのポーズだったのか、分かりかねるけれど、とても心惹かれる姿だ。

小野さんもきっと一目で好きになったのだろうか。

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生き生きとした駱駝の表情と、柔軟なポーズから私は旅の始まりを感じます。
みなさんはどんな風に見えますか?

 

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小野さんは30代半ばににそれまで勤めていた天満屋というデパートの美術品の外商の仕事を辞めて、心惹かれていた古美術品を扱うお店を開くことを決心されたのだそう。

奥さんのかな子さんは、天満屋に勤める人と結婚したと思っていたのに、事業を始めると言って安定を捨てた夫に驚いて、当時は不安で一杯になったのだそう。
それでも、生き生きと働く姿を見るうちに覚悟を決めて一緒に楽しむことを選んだのだそうだ。
そんな話を表情豊かに話してくれる小野さんを見ていると、人はいくつになっても好きなことをするということが一番のしあわせで、生きる原動力になるとういうことをつくづく実感した。

今はこの通り、二人とも柔和な笑顔。

「最初にありったけのお金を持って買い付けにいった時に、ヘレケのシルクの絨毯に出会って、よしっ!と、スーツケースに7枚詰め込んで持って帰りました。
それが売れた元手で、次に、そして次にとやっているうちにバブルがはじけて、何か違うものを探さんといかんなぁ、と、そう思って思ヨーロッパを歩いていたある日、ガベに出会ったのです。

その時に全身がじーんと痺れるほど、これだ!という感覚に打たれました。

そして、またガベを7枚買って日本へ帰ってきたのです」

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ガベは直訳すると「ざっくりと織られた」という意味なのだそう。
遊牧民の暮らしの中のおおらかさと、手仕事ゆえの味わい深さが、日本の民芸にも通じるとすっかり虜になったのだという小野さん。

ガベの柄には様々な意味があるという。
枠のついている四角は、窓を表していて「窓からしあわせがたくさん入ってくるように」という願いが込められているという。

四角い模様は井戸の水を表している。
遊牧民の生活の中で大変なのは、命の水を確保すること。
大切な水を表す、四角い模様はガベの代表的な柄の一つだそうだ。

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それこそ直感的に、おおらかに織り込まれた様々な模様と、遊牧民の暮らしを写した色が魅力的なガベたち。
この鮮やかな色は、草木染めで染め上げた色なのだそう。
私の知っている草木染めよりも、色が深く、鮮やかで、最初は信じられなかった。

カシュカイ族にとって、赤色や黄色は太陽の色、青はオアシス・水の色、黄色は豊穣の景色、青色と黄色を足してできる緑色は春や夏に生い茂る草原の恵みなど生命の循環を色に現すことがあるそうだ。
織り子は、草木染めで染めるとどうしてもできる色むら(アブラッシュ)をもたくみに利用してギャッベのデザインに反映させていくという。(Wikipediaより参照)

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ガベには作られてから100年以上経ったアンティークと、100~50年前のオールドガベ、50~30年前のセミオールドガべがあります。古いガベには使い込まれた良さがあり、昔の暮らしの景色から来る素朴さがとてもいい。

新しいガベは洗練されていて、使い込んでゆくうちに経年変化の味わいが滲んでくる過程が楽しめるのがうれしい。

小野さんとかな子さんは私に、「40代はまだまだこれから。どんどんいいものに出会う為に色んなところへ行ってください」と、さわやかに力強く言ってくれた。

40代半ばで自分の心の声に従い、一歩踏み出した小野さんだからこそその言葉には説得力があった。
まだまだ冒険出来るぞ、とわくわく嬉しくなる。
歳を重ねることも悪くはないぞ、と。

もう一枚、もう一枚と、丸められたガベをほどくのを止められない。
小さな部屋の中は大小様々なガベで一杯になった。

 

この一枚を広げた時に、空気が変わったのを良く覚えている。

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水を表す青。
そこに織り込まれているのは「ライフ・オブ・ツリー」と呼ばれる木の模様。
先祖や家族を表すこの模様には、生命の繋がりの神秘性と、家族の健康を願う祈りが込められているのだそうだ。

 

この絵柄を見ていると、気持ちが静まってただただ惹き込まれてゆく。

人から人へ、手から手へ、手仕事の技術もその技術の礎となる心根も一緒に受け継がれてゆく。
世代を超えて、時代を超えて受け継がれてきたものがガベという形になって目の前にあることに感動して、しばらく言葉をなくしてしまった。

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最後に広げてくれた静かな抽象的な絵柄のガベ。
シンプルだからこそ創造力が刺激されて、様々な景色が見えてくる。

小野さんは現在、こんな柄が好きなのだそう。
最後はだまって、ただただガベを見つめるばかり。

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小野さんが「僕の好きなフルーツケーキとバームクーヘンです」
と、出してくれた珈琲セット。

ほっと一息つきながら、不思議な気分になる。

どこかとても遠くへ旅をしてきた気分。

人から人へ、手から手へ、手仕事の技術もその技術の礎となる心根も一緒に受け継がれてゆく。
世代を超えて、時代を超えて受け継がれてきたものがガベという形になって目の前にある。

人の手っていいな、と、私はつくづく感じてしまう。
手で出来る仕事はうつくしいな、とやっぱり思うのだ。きっと人の手からは、何かが出ているに違いない。
沖縄のおかあさんや、おばあちゃんの手からは『てぃーあんだ』と呼ばれている愛情エキスが出ていることは県民の感覚に置いて実証済みだ。

ぬくもりを持つ手の仕事は、人を惹き込む。
何かしら手が伸びてしまうものには、作り手の無心の祈りのようなぬくもりが宿っているのだ。
きっと。

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それはそうと、このガベや、ベルベル族の織ったラグたち。

Shoka:での「Gabbeh 展」は10月の頭からの予定ですが、民芸の聖地とあおいだ沖縄の地で企画展を開催するのが念願だったという小野さん。
かなり嬉しくなったようで、私が帰った後すぐに沖縄へこのガベたち8枚を送ってしまったのです。

開催まであと2ヶ月もあるのに。
9月には別の企画展もあるのですよ。

「いや~、ごめんなさい。念願だった沖縄でいよいよ開催出来ると思うと、嬉しくなってつい」

声だけ聞いても、その笑顔が見えてくる、わくわくしているその声音。

まるで少年のように無邪気な小野さんには白旗を揚げるしかありません。たとえ9月の企画展で、ガベを置くところに困ったとしても、私は笑顔で泣けると思います。

そんなことですのでみなさん、Shoka:に届いたGabbehの第一陣を是非見にいらしてくださいね。
もうよそでは手に入らないという貴重なものも送ってくださいました。

 

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嬉しそうに笑う小野善平さんと、奥さんのかな子さん。

 

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終了したイベントです

10月4日(金)~13日(日)

「Gabbeh 展」

日本に初めてガベを持ってきた小野善平さんが選んだ、
手のぬくもりを感じるガベたちがShoka:へやって来ます。
日常に居ながらにして旅の気分を味わえるガベの豊かさに
是非触れてみてください。

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2013.07.13 暮らしの中の旅日記 「アンニョンハセヨ ソウル」

*Calend Okinawaに連載していた田原あゆみの「暮らしの中の旅日記」から転載している過去の記録たち

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人の出会いは面白い。
4月にヨーガンレールさんのところで知り合った韓国の料理研究家のチェ・ジウン(崔智恩)さんのお料理と、丁寧な心づくしに感動した私は、友人の韓国旅行へのお誘いにYES!と即答。

ただ今ソウルに滞在しています。

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滞在しているのはソウルの中心地から少し路地を入った場所にある Soriwool Guesthouse という韓国スタイルの民宿。
まるで韓国の家庭に曲がりをしているような感覚になります。

扉の写真は私には発音も表記も出来ないようなお野菜が干されています。
昨日チェさんの案内で回ったお店のお食事は、もうどれもこれも身悶えするほどおいしくて、今日もランチを心待ちにしています。

チェさんはあの有名な韓国のドラマ、韓国の宮廷料理がたくさん出てくる「チャングムの誓い」というドラマでお料理を実際に作った料理研究家のお弟子さん。
料理は出す相手のためにあるので、その人の体調や好みを聞きながら丁寧に素材を選んで料理します。

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お酒に疲れた胃袋のみんなの為に南瓜のお粥を作ってくれているチェさん。
南瓜はすりつぶされていて、最後に上新粉をいれてお粥になるのが韓国流なのだそう。
やさしいとろみがあって、身体にすっと入ってゆくような滋味のある一杯。

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甘味・酸味・辛味・苦味・渋味の5つの味を持つという五味子という実を水に一晩つけておいて出した汁に、スイカを入れて作ってくれたお茶。
身体の毒素を出してくれるのだそう。
お料理を出す前日から、準備をする姿に私はとても感動したものです。

そんなチェさんがコーディネートしてくれたお店ばかりなので、これはおいしいこと間違いなしのお店ばかり。
みなさんにお分け出来ないのが申し訳ないのですが、今日の所は写真を見て膨らんだ想像を味わってくださいね。

 

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石持の子供を焼いたものとテンジャンチゲ(お味噌のチゲ)が有名な仙洞ポリパプというお店のお昼ご飯。
紫蘇の葉や、小松菜、キャベツ、韓国焼き海苔にご飯を巻いて、タレをつけていただきます。
ご飯にはお豆や銀杏が入っていて、それだけで私は目からも口からもつつーっと分泌物が。

ご飯のおこげにお湯をかけておいておいたものを、最後におこげスープとしていただいてご飯を締めます。
それがまた香ばしくって、とてもおいしい。
一時は炊飯器でご飯を出していたそうですが、あまりにこのおこげスープのフアンが多くてまた戻したのだそう。
私も一食で虜になりました。
ご飯の国に生まれて良かった。

夕方には友人と合流してお雑煮のおいしいお店へ。

 

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左上:牛のだしでとったスープに、雪だるまの形の小さなトックがたくさん入っています。
トックはうるち米で作られているので、弾力性があって粘りは少なく、溶けていかないのでゆっくりと味わうことが出来ます。
さっぱりと薄味でやさしいスープ。

右上:形はズッキーニのような若南瓜が良く料理に出てくるのですが、この水餃子は豚肉と若南瓜の具が入っていて、とてもとてもおいしい。
お肉が苦手な私、久しぶりにいただきましたが全く臭みがなくて感動しました。

左下:キュウリの水キムチは豪快な大きさ。
中を割ると小さく切られた野菜が詰まっています。

辛い料理が多いと思っていましたが、どれもさっぱりしていて身体に静かに染み渡ってゆくようなものばかり。
上品な味わいでした。

こちらは東大門区にあるケソンチプというお店。

この後、韓国の文化に厚い二人の友人達と夜の町へと2次会3次会。

 

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マッコリを飲みながら海産物のつまみを楽しむ小料理屋。

 

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新鮮な甲イカをさっと湯通ししたお刺身とサービスで出てくるムール貝のスープ。

 

最後は友人宅に招かれて、韓国式の暮らしに触れることが出来ました。
しかし、みなさんのおもてなしの厚いことといったら。

国や文化の背景は違っても、お互いを敬う心があれば豊かな時間を過ごすことが出来るのだと、嬉しくなりました。

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韓国のパンソリという歌は最初から最後まで6時間にも渡って歌うのだという話しを聞いて驚いたり、実際に歌を聴いて感動したりしながら最初の一日は幕を閉じたのです。

おいしい一日でした。

そうそう、食事に夢中でしたがうつくしいものもたくさんみました。

 

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三喜古美術商店街のあるお店で見せていただいた手のひらに納まる小さな器。
高麗時代のとても貴重な盃だそう。

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お店の棚に並んでいるもの以外にも、次々といいものを箱から出してみせてくれるお店のご主人は、心から骨董美術品やその背景にある歴史を愛している様子でした。

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当時の暮らしや、どうやって使われていたのか、想像がふくらむのも古美術品の愉しみの一つなのでしょう。

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さあ、今日は2日目。
どんなことが待ち受けているのでしょうか。
出来るだけ私の持っているフィルターを外して、韓国の人々や暮らしを感じてみたいと思っています。

私は17日まで不在ですが、Shoka:は関根と金城が楽しく営業しています。

 

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最近入荷したミナ ペルホネンのランドリーのシリーズ一つ。
Friendというテキスタイルのワンピース。
ストライプと水玉が仲良く一緒の布にいるので、Friend。
なんだか嬉しくなる名前ではありませんか。

他にも陶器や漆器、アクセサリーと新しいラインも展示されていて新鮮です。

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それから、マガジンハウス発行の雑誌「クロワッサン」にShoka:と私の暮らし、沖縄の作り手のみなさんを紹介した記事が特集で載っています。
http://magazineworld.jp/croissant/857/read/#&panel1-5

 

良かったら手に取ってみてくださいね。

ソウルの旅は引き続きHPにてどうぞ。
http://shoka-wind.com/

 

*チェジウン(崔智恩)
クロワッサンにて「福を招く食卓」というタイトルで韓国料理のレシピを連載中韓国の作家さんのうつわを使って、チェさんのうつくしい家庭料理が紹介されています。

『韓国料理家、韓国文化コーディネーター。ソウル在住。「朝鮮王朝宮中料理研究院」で韓国の宮廷料理を学び、その後、師である韓国の無形文化財の故・黄慧性 さんの助手を5年間務め、宮廷料理のみならず、韓国各地の郷土料理や精進料理を訪ね歩いて造詣を深める。その経験を生かして、韓国文化コーディネーターと して活動を始め、長年、日本の雑誌や書籍などで韓国の食文化や伝統工芸を紹介し、料理家として、レシピ本も日本で多く出版している。信条は「おいしい料理 は人を幸せにする」。料理のみならず、食卓を彩る韓国伝統の器や工芸品も含めた食まわりの文化を、確かな目で伝える仕事ぶりにファンは多く、日本の料理家 や文化人、アーティストとの交流も広い。著書に『体がよろこぶ韓国スープ』(文化出版局)、『崔さんのおかず』(小学館)「空想食堂」など。』 筑摩書房HPより引用

 

*チェジウン(崔智恩)さんの本はAmazonにてどうぞ
http://goo.gl/xkuod

「空想食堂」は自費出版のとても素敵な本です。以下のショップで購入出来ます。

くるみの木
http://www.kuruminoki.co.jp/

factory zoomer
http://www.factory-zoomer.com/index.html

折方デザイン研究所
http://www.origata.com/

 

Shoka:
http://shoka-wind.com/

*韓国の旅に興味のある方は、クロワッサン特別編集「ソウル上質な旅時間」と、Casa BRUTUS「ソウル・韓国」がおすすめです。
どちらもチェさんのコーディネートしたお店がたくさん紹介されていて、いいセレクトの一冊。
amazonから購入することが出来ます。

 

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暮らしを楽しむものとこと
Shoka:

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2013.06.15 「手で見る  目で触る」喜舎場智子の素材と形

*Calend Okinawaに連載していた田原あゆみの「暮らしの中の旅日記」から転載している過去の記録たち

喜舎場智子

そろそろ梅雨明けの、青空が広がる6月8日、久しぶりに喜舎場智子さんの工房を訪ねた。
以前は工房だった小さな空間を更に二分割して、手前半分はショップに改装されている。

 

その小ささも喜舎場さんらしい。
スペースは小さいのに、見所がぎゅっと詰まっていて、作品のディスプレイもとてもセンスが良い。

喜舎場智子

私の言葉よりも、きっと彼女の作品から伝わってくることの方が大きいのだと感じる。

喜舎場智子さんの作品は、無機質の素材を使っているのに、表情があって生きているようだと感じることがある。
真鍮や、銀の肌には金槌で叩いた跡が少し残っていたり、揺らぎを感じるような左右不対称な形になっていたり、完成する一歩手前のような感じがするせいかもしれない。
完成する一歩手前のようでいて、長く愛用した後の経年変化を経て出る味わいが最初からあるのもいい。

 

喜舎場智子

工房を始めた当初は、革製品を主に作っていたそうだ。
留め金をつける時に中々気に入ったものがなかったので、自分で納得の行くものを作るために勉強を始めてから彫金の世界にはまったのだそう。

 

喜舎場智子

彼女の作る作品に触れてみると、金属の持つ質感が好きになってこの仕事を始めたというのが伝わってくる。
表面にスクラッチした跡が残るシルバーのブローチは、手で成形したようなゆらぎが残っている。
そのゆらぎが実にいいな、と感じるのは狙った形になっていないところ。
無心に作った時に出る、自然なゆがみ。
子供にしか描けないようなラインであったり、素直に作った手捻りの器の持つぬくもりのある微妙なうねり。
そんな味わいが感じられるのだ。

元々喜舎場さんはそんなに器用な方ではないという。
最初は、上手に仕上げられる人と比べて落ち込んだり、勉強し直してみたりと中々ありのままの自分の作風を受け入れることが出来なかったという。

けれど、作っているうちに、多くの人から「表情がいい」「肌合いが馴染む」と誉められるうちに、これこそが自分の強みなんだということを受け入れることが出来たのだそう。

喜舎場智子

まあるい輪っかに棒がついているのは、布止めのブローチ。
機能性とデザインのユニークさの両方を兼ね備えていて、私のお気に入り。
このブローチに出会うまで、憧れはあってもなかなか使いこなせなかったのに、今ではこれが使いたくて、布を選んだりするほど気に入っている。

喜舎場智子

この写真は、今回の企画展に参加する作り手のみんなの作品を使っているところを撮りたくてしつらえた食卓。
麻のざっくりとした布に留めているのが喜舎場さんのブローチ。
針の部分を布に差した後に、輪っかの部分を回して固定するこのブローチの原型は、ラトビアの民族衣装に使われていた布止めがモデルだという。
表紙の写真の手のひらの上に乗っているのがアンティークのブローチ。
本の中の写真の女性の胸元に飾られているのも、同じスタイルのもの。

喜舎場さんはフィンランドのフィスカルス村を旅した時に、このアンティークのブローチに鍛冶職人の工房で出会ったのだという。
直感的にこれを作りたいと感じて、現代の生活に会わせて工夫を重ねてゆく。
私が最初にこのブローチを受け取ったのは冬だったから、ウールのストールを留めて支えられるよう太かった針を、夏の素材に合わせて細くしたり、輪っかを華奢にしてみたり。

古いものの形を写して、現代の生活に取り入れるのはとてもいいなと感じる。
オリジナルを目指すのが立派で真っ当な感じがするという感覚の人ももしかしたら多いのではないだろうか?
けれども、長い時間をかけて人の生活や文化の中で完成した形状には、私たちの我を越えた形に納まっているものも多いと私は感じています。

新しいもの、新しい形、オリジナルのものを作るというこだわりを捨てた時に世界はもっと自由になるし、もしかしたら成長から成熟に向かえるのではないかしら、と私は思っているのです。

 

喜舎場智子

シンプルなデザインが多い喜舎場さんの作品たち。
けれど、その陰にはかなり手間ひまをかけた手仕事が詰まっているのです。

喜舎場智子

このくさび帷子の一部のようなブレスレットは、輪っかを重ねていったチェーンの連なりで出来ています。
このチェーンは一つ一つが手作り。
シルバーの針金で作くった小さな輪っかを、一つ一つ写真下の容れ物の中に入っている極小の銀鑞で留めてゆきます。
高温で溶ける銀鑞の性質を利用して、バーナーの火であぶりながら輪っかの隙間を埋めてゆくのです。

喜舎場智子
喜舎場智子

作っている時間がとても好きだという喜舎場さんだからこそ出来る、とても根気のいる仕事。

 

喜舎場智子

でき上がったものを見た時に、そんな仕事の奥行きはみんなが分かる訳ではない。
けれど、作る過程を知って私は納得した。

好きなことに手間をかけることを惜しまない彼女が作るから、この味わいになるのだということを。
彼女の作る作品たちのデザインはシンプルなのに、つけてみると力強さがある。
その力強さの中には、彼女の言語を超えた形を持たない感性そのものなのだろう。
その感性が一つ一つ形になって生まれでてくる。

少しぎこちなく、所在なげな感じがするのに、まるで生きているように見えてくる形。

喜舎場智子

写真を見比べてみると分かるかな?
この真鍮で作られたブローチたちは、使い手の気分によって形状を変えることが出来るのだ。
クワガタのハサミのように開閉するもの、半円を少しずつ広げていけるもの、ジョイントが伸びてゆくもの。

なんだか使い手が参加して完成する形って、楽しいと思いませんか?
その日の気分でつける場所を変えたり、違う形を楽しめる。

付き合うほどに、味わいの増す彼女とその作品たち。
彼女の作るものの、今と未来に興味津々。

今回は、空中を使ったモビールも作っているというので、6月21日の初日のディスプレイがどうなるのか今からとても楽しみで、待ち遠しいのです。

今回Shoka:では初めて、沖縄在住の作り手さんも交えた企画展を開催します。
瀬戸からは素敵な肌と色を持つ陶器を作る、作陶家の小関康子さんもお迎えして、木漆工とけし、喜舎場智子の3組がどのような空間を作るのか。ほんとに楽しみです。

 

その企画展に合わせて、以前からやってみたかった座談会を開催したいと思っています。
それは、作り手も使い手も一緒に語り合う形式の座談会。
沖縄でものづくりをしている方には是非是非参加していただいて、沖縄でのものづくりの可能性についてみんなで話してみませんか?
いつものように私が司会を勤めますが、司会は話してはいけないという掟を破って、私も一緒に話せたらと思っています。

 

以下に案内を載せておくので、みなさまどうぞチェックしてくださいね。
では6月21日からの10日間、みなさまとお会いするのを心から楽しみにしています。

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終了したイベントです

トークイベント「手で見る 目で触る」
6月21日(金)18:00~20:00
開場18:00
開演18:30~

暮らしの中で使う道具のこと

どんな思いで作っているのかを聞いてみると、使うときの意識が変わるはず。

作っている人に触れると、道具にぬくもりが増す。

そんなきっかけを作りたくて、作り手と使い手の交流の場を設けました。

語り手
小関康子ー陶作家
喜舎場智子ー彫金作家
木漆工とけしー漆器工房

お申し込み方法
1.参加者名(全員のお名前を書いてください)
2.連絡先(ご住所・携帯電話番号・メールアドレス・車の台数)
3.「トークイベント参加希望」と必ず書いてください。

 

喜舎場智子

 

暮らしを楽しむものとこと
Shoka:

 

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2013.06.08 「手で見る 目で触る」 暮らしの中のうつわたち

*Calend Okinawaに連載していた田原あゆみの「暮らしの中の旅日記」から転載している過去の記録たち

shoka

6月21日から始まる企画展「手で見る 目で触る」
陶作家の小関康子
彫金の喜舎場智子
漆器の木漆工とけし 渡慶次弘幸 渡慶次愛
この4人の作品がShoka:へやって来る。

 

Shoka:の仕事を通して、様々なものと作り手に会ってきた。
その中でも、この4人の作品の共通点は変化のまっただ中にいるということ。
つぼみが開いてゆく寸前の力強さを彼ら自身と、作品から感じることが出来る。

 

自身の感覚を開き、思考を解き放って素材を見つめ、触れて、自分の感覚を頼りに、立体へと仕上げてゆく。
時に仕上がりをコントロールしたり、自分の手の及ばないものへ委ねたりしながら、完成へと向かう。

暮らしはものづくり中心で、作られたものからは、つぼみからこぼれる香りのように彼らの今を感じることが出来る。

こんなに打ち込めることに出会えて、なんてしあわせな人達なのだろう。

梅雨があけて、青空が広がるある日。
そのしあわせな二人、木漆工とけしの弘幸君と愛ちゃんに会いに行ってきました。

 

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彼らの家兼工房は、訪れる度に景色が変わる。
作品を作りながら、家も改修しているからだ。
以前は工房の中に住んでいる、という感じだったのが、今では家と工房が合体した感じにまで進化してきた。

 

 

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生活費をやりくりしながら、質素なのだけれども二人の美意識をちりばめたこの空間を訪れるのは私の楽しみの一つだ。

先日輪島の海岸で一緒に石拾いをした。
拾った石を見せ合った時に「おぬし、なかなかやるな・・・」と、
ちょっとジェラシーを感じたり、自分の拾った石を「どう?」と見せるのが嬉しかったり。

似たような美意識を持っている友人とともに過ごすことは、なんて楽しいのだろうとその時に感じたものだ。
その感覚のまま、一緒に仕事ができるのはありがたいことだ。

 

 

 

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ほれぼれするような色の織りなす景色。
その景色が触れたくなるような柔らかな形の中に納まっている。
こんな虹がかかった霧を写したような石があったのか?
あの時の石の中に。

私は内面で悶絶しながらこの石を見つめた。
なかなかいい石を拾った、彼らの目利き具合に尊敬と軽い嫉妬を覚えながら、ではその目利きの感覚とものづくりの感覚はどの位寄り添っているのかしらと。

そのうつくしい色の石を、そっと彼らの漆器の中へ置いてみる。

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一見陶器か、金属の器に見えるが、上の二つの器は木漆工とけしの漆器たち。

沖縄のセンダンの木を弘幸君が挽いて木地を作り、それに愛ちゃんが漆を塗って器が仕上る。
上の器は2点ともに、黒い漆を用いて錫の粉を蒔いて接着し、さらに漆摺り込んで仕上げた肌の色。

下地に塗った黒漆の色の出方で、銀鈍色に見えたり、真鍮色に見えたりする。

 

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自然の中で、もしかすると何万年という歳月をかけて今のこの形と色になった石たち。
風や、熱や、波に洗われてこの色かたちと艶が出来たのだ。

その自然なうつくしさをたたえた石を載せても、そんなに違和感を感じない。
2人の作る器は素直な感性のもとに仕上っていることが感じられる。

そんな彼らの漆器を誰かが気に入って、その人の暮らしの中で、料理を載せたり、洗ったりを繰り返すうちに自然な艶が出てきて、もっともっと自然な景色に馴染むのだろう。

その時にはもう、手放せないような肌に育っていることだろう。

 

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いつもの肌合いの器の他に、今回新しい形の器や、違う素材で作った器も仕上ってい手、わくわくしてくる。

イタジイの木を使って作ったという平皿。
シイの木に実るドングリのかさを思い出すような質感。
センダンの木と違ってイタジイの木はどっしりとした風合いがある。
その木肌に、ろくろを挽いたときの挽き目が円を描くように残してあるのがとても合っている。

懐かしい気分になるこの皿には、いつかどんな料理が載せられるのだろうか。

 

今回二人が挑んだ新しい仕事のこと、一瞬失敗したかと思った時に生まれた今までにない肌の質感が出たという話し。
これからやってみたいこと、工房に弟子を新たに迎えたこと、メンタリティの変化と人との出会いの話し。
彼らとの話しは尽きない。

こんな風に変化し続けていけることが人の人生の面白さだ。
木の板を削って皿を作る時、場合によってはその80~90%は削り取られてしまう。

弘幸君は木を挽く時に、その木を両手で包んで
「命を捧げてくれてどうもありがとう。いい形を探り当てて、末永く愛される器にしますね」
と、木を両手で包んで祈るのだそう。

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今年の4月から新しく入った力君と打ち合わせをする若親方、弘幸君。
手が2本増えることで、やれる仕事は広がるはずだ。

それを信じて、木漆工とけしは夫婦二人でのものづくりの世界から、人を受け入れて仕事を伝承する世界へと歩を進めた。
それは、輪島という職人の世界で二人が受け取った財産の一つだと思う。
親方から弟子へ受け継がれてゆくのは、その場でこなされている仕事上の技術だけではない。

輪島では弟子が修業期間を終えて、年季明けの独り立ちをする時にとても大きな祝いの席が設けられる。
そこでは、親方とその弟子は固めの杯をかわして、親子の絆を結ぶのだ。

そうしながら脈々と続いてきた、輪島の漆器とそれを支える職人たちの精神が生み出したしきたり。
それに触れた経験があるからこそ、彼らは慎ましやかな自分たちの生活の中で、次に進む道とその道が続く先を見つけることが出来たのだろう。

 

慎ましい生活をしている中で、弟子を取る決断をするのは生半可なことではなかったと思う。
彼らの生活を知っている私は、彼らの決断に感動した。

沖縄でこの仕事をやっていくという決意。
ただやっていくというだけではなく、沖縄という土地で漆を使った工芸が栄えてゆく未来を信じてこそ決心したのだろう。
実際漆は、湿気を利用して固まってゆくという性質がある。
湿度の高い沖縄は、実は漆を使った工芸にはうってつけの環境なのだ。

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この春から木漆工とけしに弟子入りした、新垣力君。
ろくろを挽くのが大好きという彼との出会いが、弘幸君を親方に引き上げてくれたのだ。
これからこの工房がどのように成長し、その後成熟してゆくのかを見守れることは私にとっても幸せなことだ。

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この春から弟子を取ったことと平行して、作品づくりにも新たな風が吹いていることが感じられた。

Shoka:での企画展は彼らにとって、沖縄では2回目の展示会となる。
1回目と違うものも見て欲しいと、彼らは一点ものの作品にも取り組んでいる。

今回の企画展に出る大きな鉢は、クスノキで作られたもの。
外側は木の感触が残った乾いた仕上げ。
内側は瑞々しくつややかな重ね塗り。

まるでライチの実のようだと思っていたら、愛ちゃんは木の実のような感じで作りたかったのだそう。

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木の実は半分に切った時に、外側はざらざらと乾いた感じで、中はうるおいがあって濡れている感じがする。
その感じを表現したかったのだそうだ。

今回一点ものの器がちらほら。

好きな形や質感の器が多くて、うれしいやら、立場上先にとることの出来ないのが寂しいやらです。

取材中お昼になったので、愛ちゃんがちいさな台所でお料理をしてくれました。

待ってましたと小躍りする食いしん坊な私。

愛ちゃんと弘幸の家にはちゃんと暮らしが感じられる。
暮らしを感じられる家とは、好きな道具があってそれをちゃんと使っている気配が感じられる家。

道具も住む人も、家も全部が一緒に呼吸をしている感じ。

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作品を作るのも手だが、手は様々なものを生み出す最高の道具。
心と身体の栄養、お料理もこの手の魔法でおいしくしあがる。

愛ちゃんの手から生まれたお料理は、とってもおいしくって、彼らのかわいい暮らしに寄り添うものでした。

 

自分たちの作品を実際に使いながら、その使い勝手や、肌の変化を確かめる。
揚げたての魚のフライを載せたらどうなるか、私はヒヤヒヤしたけれど、さすがは漆を使いこなすだけではなく塗ってもいる本人、全く動じません。

 

そして、そこから変化を見て、使う人達の使い勝手も見えてくるのです。

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中央の一番上に載っている錆色の椀は、欠けてしまったのを修理したもの。
色々な直し方があるのだそうで、木片やパテを使って元の形に戻すことも出きれば、このような仕上げも。
何だかこれはこれでとても味わいがあるな、と見つめてしまった器です。

 

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二人の人間が、全く同じものを感じたり、同じ景色を思い描くのはあり得ないこと。
けれど、お互いがありのままを伝えあって、二人がYes!と言える接点を見つける喜びは、他に比べることが出来ないほど貴重なことではないかと私は思っています。

摩擦や、葛藤をへて二人で見つけた形や質感。
そうして暮らしてきたある日、振り返ってみると自分たちの変化の大きさに驚く。
二人が二人ぼっちでないことや、分かち合える人がいる喜びや、いろいろなことを多くの人達や時代から受け取っていることに気づく。
いつの間にか新しい仲間を人生に迎えることが出来ている喜びも。

そんな瞬間がちりばめられた、暮らしはとても生き生きと素敵なものだと感じませんか。
仕事っていいな、と思います。
社会と自分との接点だから。
社会は私の暮らしを支えている、他のみんなの暮らしそのもの。
暮らしと仕事、分けられるものではないんじゃないかな。

特に自分が真剣勝負で迎える仕事は。

自分の感覚を精一杯感じて、それを道標に仕事に打ち込むこの2人に出会えて私もしあわせです。

6月21日から始まる企画展で、彼らがどのような世界を広げてくれるのか、私もとても楽しみです。
沖縄で何かが始まっていると最近とても感じるのですが、みなさんも一緒に感じてみませんか?

 

shoka

 

終了したイベントです

手で見る 目で 触 る
6月21日(金)~30日(日)12:30~19:00
手で見るように素材を感じ、目で触るようにフォルムを探す
ものを作ることが人生そのもののように暮らしている作家たち
思わず触れたくなるような肌の器を生み出す小関康子の陶器
ウイットとユーモアのある作品をつくる彫金作家喜舎場智子のアクセサリーとモビール
暮らしに寄り添う素材と形を追求する木漆工とけしの漆器たち
様々な感覚を楽しむ暮らしの道具たちが Shoka: へやってきます。

今回の企画展は、何だか不思議なタイトルです。
けれど、もしかしたら私たちが何かに意識を集中している時、自然とやっていることではないでしょうか。

 

お料理をする時に、素材を感じて何を作ろうかと考えている時。
ものづくりをする時に、材料の中に眠っている形を探り当てる時。

 

自分の中にある感覚を描いたり、形にする時。
大好きな人と親しくなる時に。

 

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暮らしを楽しむものとこと
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